「天の河に橋かけて」(5)

■[魂の目覚め]

1997年11月22日。11月22日は(いい夫婦の日)というふれこみの日に出かけたことが、まさか、その日がこの先を運命付ける日になろうとは、この時は知るよしもなく…。

当時の私の結婚相手M氏は、阪神淡路大震災以来、環境活動や市民活動に熱中していた。
そんなM氏の友人が、龍村仁監督のドキュメンタリー映画「地球交響曲・ガイアシンフォニー・第3番」の上映会をするというので、二人で観に行った。

どうやらM氏はこの映画を私に見せて、少しでも自分の活動を理解させて、興味を持たせようと思ったらしい。

美しい地球のシーンから始まる「地球交響曲」。映画前半まで、私は平常心でスクリーンを見ていた。が、写真家の故星野道夫氏の友人として、南東アラスカ・クリンギット族のボブ・サム氏が現れ、ワタリガラスの神話を語り始めた途端、私の眠っていた魂が突如反応しはじめてしまった。

ワタリガラスの神話…それは確かに、そして確実に私は遠い記憶の中で知っている…。
自分でもそんな突飛な発想が、どこからやってくるのか、不可思議だった。スクリーンの中のボブ・サムがとても懐かしく、旧知の友人のような、兄妹のようなそんな感覚になり、涙が止め処なくあふれた。

私の会いたかった人が…ここにいる。スクリーンの中にいる…。私の中の「なにか」の感覚が確実に甦生した瞬間だった。

数ヵ月後、私は会社を辞めた。そして魂が導く道を生きることを選んだ。

1998年3月5日。天河神社を知らずして天河へ向かう道中、はずみで天川 彩のペンネームを付けることになった私は、天河神社で改めて宮司さんより、天川 彩の名を付けて頂いた。

その日を境に、私の「なにか」の感覚は、日増しに加速をつけて動き始めていた。しかし、私はこの時、自らに起こっていることが消化出来ずに戸惑うばかりで、まるで宙を飛んでいるような、自分ではなくなったような感覚に陥ってしまった。何で、私にこんなことが起きるのだろう…。もしかすると、全て自分の錯覚なのではないか…?
私はオカシクなったのではないか…?

しかし、そう思う都度、普通ではあり得ないような、不思議な出会いや出来事が現実に起こって来る。それら全てを素直に肯定することが出来るようになるまで、数ヶ月かかった。そして、その頃には宙に浮いているような感覚もなくなり、自分の人生の中での、今生の決まりごと、役割なのだと全てを受け止めることが出来るようになった。

そして平和イベント「神戸からの祈り」に関わりながら、一方でテレビドラマを書く日々が続いた。しかし、そんな私をM氏は冷ややかな目で見ていた。一番理解して欲しいと思っている人に、理解してもらえない。これは、とても辛く悲しいことだった。

数ヵ月後のある日。
「天川 彩をやめて、僕の奥さんだけに戻って欲しい」

M氏が思い詰めたように、切り出した。

「それは、まだ出来ない」

「どうして?」
「私は、まだ天川 彩の仕事がまだ全く出来ていないから…」

私達は、修復できない決定的なズレを感じ始めていた。

つづく…