「天の河に橋かけて」(15)

■[平和の民・ホピ族の村へ 4]

その日、空には縦に伸びる虹がかかっていた。
ホピレインボーと呼ばれているその虹がかかる日は、とても良いことがあるそうだ。プラザと呼ばれる広場には、村の人で溢れかえっていた。

ベンチに座りきれない人は、家の屋根にまで登っている。その光景が、とてもとても懐かしい。私はその見慣れた景色の中に、帰って来たような錯覚を覚えていた。

幾つかのグループに分かれた踊り手が、キバと呼ばれる聖域から出てきて踊っている。カチーナ(聖霊)の仮面を付けているのだその姿は形容しがたいものだ。

聞いた話によると、この時のセレモニーは、世界中の目が不自由な人の為に8日間交代で続けられるということだった。ひとつのグループの踊りが終わり、私達は呼ばれた。一人ひとり、長老に途中で購入してきた捧げ物を渡すのだ。私の順番になり、ドキドキしながら用意してきたタバコを差し出した。長老は私の頭に手を乗せて、何やら祈ってくれるのだが、残念ながら、何を祈ってくれたのか、全くわからない。でも、暖かく有り難く何かが手を通し私の身体に伝わって来る。

頭が少しぼんやりとしたまま、元に居た場所に戻ると、民族衣装を身にまとったロアーナが立っていた。前日のトレーナーにジーパン姿とは打って変わって凛とした姿は、とても格好良いい。
彼女は私を見つけると駆け寄り、笑顔でハグをしてくれた。

その日のロアーナは、とても忙しそうだった。
彼女がこの祭りの中で、どのような役割を担っているのかは知らないが表立っての部分ではないところで、重要なポジションであることは、容易に想像がついた。

幾つかのグループが踊った後、短い休憩時間になった。ロアーナと少しでも話せるかと思い、私は目で彼女を探した。すると、彼女は広場の隅にしゃがみ込んで、何かをしている様子だった。目をこらしてよく見ると、落ちている小さな石を拾い集めているではないか。

そう、セレモニーで踊っている人々は、全員裸足なのだ。きっと、踊り手が怪我をしないようにという配慮なのだろう。ロアーナはただ一人、細かな石を一人拾い集めては、広場から少し外れた場所に置いていた。他の人々は、彼女の行為にすら気がついていない様子だ。

私は、ただ淡々とその行為をしているロアーナを見て素晴らしいな、と思った。
どのくらい、その場にいたのかわからない。ガイド役の女性が、そろそろセドナに帰る時間だから、と呼びに来た。気がつくと、もう陽が暮れかかっている。

「このまま、私はこの村に残りたい」と思ってみても、叶うはずも無かった。後ろ髪をひかれる思いで車に乗ると、ロアーナが追いかけて見送りに来てくれた。

「aya、あなたはまた必ずまたここに帰って来るから。待っているから」

車が走り出しても、ロアーナはずっと手を振ってくれていた。私もロアーナの姿が見えなくなるまで手を振り続け、同時にホピの大地が離れていくことが悲しくて、しばらく涙が止まらなかった。

セドナに戻ると、日本人ガイドの女性が迎えに来てくれていた。私は、半ばシビレ気味の頭で、この日あったことや感じたこと、そして本当はホピの大地から離れたくなかったことなど、一気に話した。彼女ははしばらく私の目を見て言った。

「あなたが探しに来たhopiのayaは、どんな役割の聖霊だった?平和のメッセンジャーだったんじゃなかった?メッセンジャーは留まってはいけないのよ。多くに人に伝えるのが役割なんだから。きっとそれを確認する為に、ホピの村にあなたの魂が戻ってきたのよ。いつでもまた戻れるから。あなたは、あなたの役割の為に、これからする仕事があるのよ」

その時のガイド女性の言葉は、私の心魂深い部分に染み込んだ。大きく息を吸い込み空を見上げると、ぽっかり浮かぶ満月に、月輪がかかっていた。


つづく…