『たまたま (7)』

イベント前夜。
札幌、熊野とまわってきたクリンギットの人々が、最後の公演地である東京に戻って来た。レラさんも、北海道から東京入りしている。
ホテルの喫茶で打ち合わせを兼ねた、顔合わせをすることになった。

この日、チラシのデザインをしてくれた青木さんご夫妻をこの席に誘っていた。
実は、この時作成したチラシには、深い物語があったのだ。

東京実行委員会の代表を意を決めて、無我夢中で動き始めてからも「金儲けの為に代表を引き受けた」とか「自分をアピールしたく代表をしている」など好き勝手なことを言う人もいた。
私も一人の普通の感覚を持った人間なので、暴言を吐かれて、へこむこともあった。そんな時、気持ちを支え続けてくれたのが、青木さんご夫妻だった。

夫妻と私は、縄文関連のプロジェクトで親しくなった。ある時、新潟の縄文遺跡に一緒に行った車の中で、夫妻がアラスカに行った折、ボブ・サムやウィリー・ジャクソンと偶然出会ったという話は聞いていた。

この催しの企画を、最初に聞いたとき、チラシのデザインは、青木さんが適任ではないかと、ふと思った。私はこの時、青木さんがデザイナーであることは知っていたが、それまで作品を見た事はなかった。しかし、直感的にそう思ったのだ。
代表を引き受け、具体的に動き出した時、この時の直感に従って、青木さんにチラシのデザインをお願いすることにした。

打ち合わせの日、青木さんご夫妻は、一冊のアルバムを持ってきた。
そこに写っていたのは、彼らがアラスカを訪ねた時のもので、クリンギットの人々やアラスカの街並みがアルバムいっぱいに収められている。しかし、一枚だけ全く雰囲気の違う写真が、混ざっていた。

水平線に沈みゆく夕日。
その空の色と夕日のコントラストがあまりにも美しい。

「この写真は…?」
「これはね…とても思い出深い写真なの」
その写真は、奥さんのリエちゃんが写したものだった。
実は、故星野道夫氏の足跡を尋ねて、夫婦で旅をしようとアラスカに渡り、フェリーに乗った時、偶然にも映画「地球交響曲3番」の中で、星野道夫の親友として出ていたウィリー・ジャクソンと一緒になったそうだ。
フェリーの中でウィリーと様々な話をしているうちに「ミチオの魂に捧げる」と言って、
持っていた太鼓を叩きながら、海に向かって祈りの歌を捧げたらしい。

「あまりに感動的でね…。それでその祈りの時間の後、海の彼方に沈んでゆく夕日を写したのが、これなの」
リエちゃんが、改めて差し出してくれた写真に、私はただ見入っていた。

後日、チラシのデザインが上がってきた時、私は胸が一杯になった。
あの夕日の写真がバックに使われていたのだ。

このチラシが出来上がってから、私は一度も会ったこともなかった星野道夫さんや、クリンギットの皆さんと一緒にイベントの準備をしているような、そんな気持ちになった。

だから、私は青木さんご夫妻を出演者の人々に、どうしても紹介したかった。

しかし…
この話を、側にいた通訳の方に訳してもらった途端…そこにいたクリンギットの人々の
空気がおかしくなった。
私は何が起こったのか、皆目わからなかった。
エスターやウィリーは、おもむろに怒り、温厚なボブは困惑している。

私も青木さんご夫妻も、そして、そこに居合わせた全員もが、どうしていいのかわからなかった。
どうやら、彼らは魂送りの時に写真を写し、それをチラシに使ったと勘違いして怒っているようなのだ。
彼らにとって、魂と向き合っている時はとてもスピリチュアルな時で、決して写真に写してはいけないものなのだという。

私達は、言葉に詰まってしまった。

決して、悪気があったわけでも、スピリチュアルなものを粗末にしていたわけでもない。
しかし、誤解を解こうと思っても、なかなか話を聞いてもらえる状況ではなくなった。

私は、この話をしてしまったことを後悔していた。

この話をしたことで、青木さんご夫妻も、クリンギットの人々も私が傷つけてしまったのではないのだろうか…。
皆に対して申し訳なさで、涙が溢れてきた。横でリエちゃんも目を潤ませている。

重い沈黙の時だった。

すると、それまでじっと話を聞いていたレラさんが、エスターの手を取ってニッコリ笑いながら語った。

「この人達は、決してスピリチュアルなものを汚したのではありませんよ。安心してください。この写真は、魂送りの後のものですよ。そしてそのお礼に星野道夫さんの魂が喜んで美しい空を送り届けたものです。ですから、この写真を使ったチラシは多くの人々の心を打って、明日大勢の人が会場にやって来てくれますよ。だから、大丈夫です」。

レラさんの言葉を受け、通訳の人も言葉を選びながら慎重に伝えている。

それまで険悪にどんよりと漂っていた空気が、嘘のように一気に晴れた。

エスターやウィリー達は、私達に「誤解して申し訳ない」と詫び、私達も、魂を扱うことへの理解を学ぶことが出来たと伝えた。
ボブが満面の笑顔で、レラさんと目配せをしている。
私は、この時「魂」と向き合いながらイベントを催すということの難しさと、素晴らしさを同時に感じていた。



つづく…