DVD「熊野大権現」撮影雑記


■「森羅万象への旅路」9

「アヤちゃん、お帰り」。
どこかで聞き覚えのある声が、部屋の奥から聞こえる。

そして、ヌーっと顔を覗かせたのは、大の仲良しグンちゃんだった。
グンちゃんこと須田郡司さんは、石の写真家として各地を撮影している。
98年の平和イベントを通して知り合って以来、同い年ということもあ
り男女という性の違いを越えて、時折、近況報告をしあったり、互いに
励ましあったりする大切な友人なのだ。
昨年より石巡礼キャラバンと称して、フォト霊号と名付けた軽ワゴン車
で日本各地を撮影移動し、今年5月には偶然、奄美大島でも会った。

熊野のパッチワークハウスを最初に紹介してくれた、音楽家の長屋和哉
さんも、グンちゃんから紹介してもらったのだ。
ちなみに、長屋さんも同い年なので、グンちゃんは長屋さんのことをカ
ズちゃんと呼んでおり、私も以後カズちゃんと呼ばせてもらっている。

人と人、縁と縁とが繋がっていくのは、本当に不思議だ。

この日は、私のメルマガ読者だというシバタさんも泊まっていた。なん
と、このシバタさんはグンちゃんのメルマガ読者でもあるらしく、目を
シロクロさせながら驚いていた。

グンちゃんと久しぶりの再会を喜び合おうと思っていた矢先だった。
パッチワークハウスの主人ブワさんが「須田さん、大変なことになっち
ゃってね」という。
聞くとグンちゃんの愛車、フォト霊号が今日突然動かなくなったらしい。
グンちゃんは、苦笑いしながら「今、とりあえず整備工場に出している
んだけど、もしかしたら廃車にしなければならないんだ」という。

私は驚きのあまり、声を失った。

グンちゃんは、それまで住んでいた都内の部屋を引き払い、3年計画で
キャラバンを始めたのだ。だから、車そのものが移動手段であり居住空
間なのだ。
「まだ、廃車にする結論も出ていないし、今悩んでも仕方が無いからさ。
アヤちゃんたちは、明日の予定どうなっているの?」と聞く。
翌日はロケハン予定にあてていることを伝えると、グンちゃんが熊野で
一番神々しいと感じる場所を案内してくれるという。
そこは古座川(こざがわ)という地名なのだが、古くは神座川といい、
熊野の中でも、驚くほどの巨石奇石の宝庫らしい。

私が所有している熊野のガイド本には、ほとんど古座川のことは紹介さ
れていないので、そこは見落としていた。

翌朝スッキリと晴れた空の下、私たちは古座川に向かった。

古座川は、清流王国とも呼ばれ巨石を背景に流れる水は、どこまでも澄
みきっており、肉眼で川底までくっきりと見える。
古座川独特の文化財や川のスポットをいくつか廻った後、少女峰という
場所に向かった。
そこは、どう見ても日本の風景ではない。文字にどのように表していい
のか悩むのだが、映画「ロードオブザリング」にでも出てきそうな、緑
の植物に覆われた山に巨大な磐が連なっている。雄大な風景のあまりの
美しさに、しばらく動けなかった。

その後、昼食に入った店で、この古座川は人気のカヌースポットである
ことを知った。
パンフレットを見ると、全長20キロのコースの中に、山間に挟まれ車
道からも離れた、前後左右全てが大自然の中に囲まれたルートもあると
書いてある。私はお天気のよさと、カヌー好きが高じて、ロケハンを忘
れカヌーに乗りたくてウズウズしてきた。何気なく皆に提案してみたの
だが、簡単にその案は却下され、少しガッカリ…。

しかしカヌーで巡れなくとも、川沿いを車で走りながら、天に聳えるよ
うに立つ天柱岩や、高さ100メートル幅500メートルにも及ぶ、こ
の世のものとは思えない一枚岩など、巨石奇岩を次々と巡った。
日が暮れてからは、伝統的な火振り漁を撮影。
この漁はシーズンが限られており、この日を逃したら撮影は不可能だろ
うということで、急遽ロケハンではなく撮影となったのだ。
暗闇の中、静かに浮かべた小さな船に、漕ぎ手と火振り手が二人。松明
を水面にかざして漁をする風景は、なんとも幽玄的だった。
グンちゃんと出会ったことで、映像に古座川の風景も入れることを決め
ることが出来た有意義な一日だった。

結局グンちゃんの車だが、翌日、修理工場から廃車にしなければならな
いと言い渡されてしまった。
グンちゃんは、途方に暮れながら、必死でその後の対処策を考えていた。

時を同じくして、私達は刻々と迫り来る台風23号の対処策を考えなけ
ればならなかった。

パッチワークハウスには、テレビはない。
ラジオのチューニングを微妙に合わせながら、撮影予定を大幅に変更す
ることを決めた。ガイドの方にお願いしていた日や、カメラマンSさん
の飛行機日程やホテルの宿泊予定なども、全て変更。
ラジオから流れてくる情報では、翌日には直撃の恐れがあるらしく、更
に超大型の台風だという。

刻、一刻と近づく台風の気配を感じながら、私達は早めにスーパーに向
かい、食材を大量に買い込んだ。
                     
                     つづく…