DVD「熊野大権現」撮影雑記


■「森羅万象への旅路」3

天河では、撮影の為に1年間、部屋を借りている。

観月祭前日の夜、遅くに天河入りをした私達は、いつになく遅めに起き
た。神事のある日は、朝拝が無い上に観月祭は夜からだった。
正午から行われる、真言宗鳳閣寺派管長、東弘基猊下外日本修験道会に
よる、観月柴灯大護摩・火渡りまでも、時間がある。

映像カメラマンのSさんは、初の天河だ。熊野の撮影でお願いしている
のだが、天河にも是非行ってみたい、ということだったので、正午まで
の時間、天河神社近辺を案内することにした。

空海にまつわる大銀杏や南朝跡地などを案内した後、大好きな鎮魂殿に
向かった。
すると、見たことも無い光景にぶつかった。鳥居や社殿の葺屋根から、
もの凄い勢いで水蒸気が上がっているのだ。
前日の雨が大量に染み込んだものに、朝陽が当たり急激に暖められて起
こっている現象だが、言葉に言いあらわせないほど神々しく感じる。

どうしても、このシーンを撮りたい!

そう思った瞬間、ケンちゃんに「カメラと三脚を大至急持ってきて!」
と叫んでいた。

しかし、一刻一刻と状況が変化し、あっという間に雲が広がって最初の
勢いがどんどん劣ろえていく。鎮魂殿から私達の家までは、ケンちゃん
の足で走っても10分はかかる。往復すると20分。
このシーンが撮れるのだろうか…。そう思い始めた時、ケンちゃんが戻
ってきた。Sさんが、即座にケンちゃんに指示を出しながら、撮影が始
まった。

カメラを廻した途端、鳥居や葺屋根に再び強い日差しが当たり、また勢
いよく水蒸気が上がりはじめた。

まるで、神様が粋な演出をしてくれているようだった。

正午からの観月柴灯大護摩・火渡りは秘儀中の秘儀ということだった。
管長に続き、柿坂宮司、神官が渡り、一般の私達も火渡りをすることに
なった。
恐るおそる歩いてみると、木の下は燃えているのに、上は熱くない。ど
うにも不思議だったが愉快でもあった。

部屋に戻り、これらのシーンを再生してみて驚いた。映り具合が悪いの
だ。これでは作品の中に使えない。
ヘッドの汚れでは…?ということで、急遽、1時間かけて天川村から降り
て、下市口の電気屋さんに駆け込み、クリーニングテープを購入し、つ
いでに銭湯に行った。

天河ではいつも自炊をしている。
天河に登ってくる前に、橿原あたりのスーパーで数日分の買出しをして
来る。冷蔵庫が無いので、クーラーボックスに氷を入れて、数日間の冷
蔵庫代わりにしている。実は、クーラーボックス冷蔵庫は、友人の高樹
沙耶さんが、昨年までハワイの家で暮らしていた時のエコな暮らしぶり
を真似てやってみたのだが、これが結構いけるのだ。今年の猛暑も天河
ではクーラーボックス冷蔵庫で過ごせてしまった。
この家には、6畳2間に小さなキッチンとトイレがあり、男性部屋と女
性部屋に分けて一部屋づつ使っている。

この日の夕食は、おでんと味噌汁に鰻丼と豪華版だった。
食べている間に、ビデオのヘッドをクリーニングしようとした時、買っ
たはずのクリーニングテープが無いことに気がついた。
お金を払い、領収書をもらったまでは良いのだが、肝心のテープを持ち
帰ることを忘れてしまったらしい。

神事が始まる時間まで、後1時間。
往復すると2時間かかる道のりで、どう頑張っても神事までに戻ってく
ることはできない。
この神事の撮影は中止することにした。が、翌朝9時には、熊野大社に
行かなければならない。天河から熊野までの間にコンビニの一つもない
ので、どちらにしてもそのテープは取りに行かなければならなかった。

頑張り屋のケンちゃんが再び長時間運転をして、引き取りに行くことに
なった。外は、再び雨が降り始めている。
「無理しないでね」と見送ったのだが、どんどん激しくなる雨模様に、
気持ちが落ち着かない。ここは、かなり急勾配の山間部。視界がかなり
悪くなっているはずだ。

神事が始まっても、更に雨足が早くなる外を見ると、心配で仕方が無か
った。この日、友人のディジュリドゥ奏者が、ユニットを組んで奉納演
奏をしていた時、ヒョッコリとケンちゃんが戻ってきた。私はその姿を
見た途端、血の気が全身に戻ってきた。

神殿での神事が終わり、社庭で改めて再び地護摩が焚かれている時も、
小雨が降っていた。
観月祭なのに、月が見えなくて残念だなぁ…と思っていたら、護摩を焚
き終えた宮司さんがニッコリ笑いながら「必ず満月が現れますよ」と言
う。

それは、お月見団子を食べていた時だった。

上空で雷が鳴りながら、一瞬雲が割れて満月のお月様が顔を覗かせた。
その月光は、雲を四方八方に割り、後光のようだった。その場にいた人
々が、火を取り囲んで喚起の踊りをし始め、私はまたしても、神々しい
光景を目の当たりにしていた。

翌朝5時。私達は台風による豪雨の中、熊野まで向かう。
この日、熊野本宮さんとの約束は午前9時。
熊野本宮の宮司さんに出版社の社長Yさんを紹介することが目的だった。
Yさんは前日夕方まで仕事が都内であるということで、名古屋まで新幹
線で移動し、夜中レンタカーで熊野に向かって来るという。
午前7時、私の携帯が鳴った。電話の相手は予想通りYさんだったが、
電話の話は予想外だった。

「今、尾鷲にいるんだけど、豪雨で道が水没したり、通行止めになった
りで、約束の時間には、どうやら着きそうにないよ。」

私達の車も台風の豪雨で前がほとんど見えない状態だった。
                                
                       つづく…