DVD「熊野大権現」撮影雑記


■「森羅万象への旅路」15

高原で泊まった宿は、近くに住む老夫妻のものだった。
全て手作りで造ったというこの小屋には、様々なこだわりがあった。
まずは、煮炊きも暖も全ておじいさんが近くの炭焼き小屋で焼いたとい
う、自家製炭を使うのだ。
また、建物の中に巨木があることにも驚いたが、お風呂の中には、自生
しているアケビがあり、それを勝手に食べていいというのにも驚いた。
私とキョウちゃんは、倒木をそのままくりぬいて作られた丸太浴槽につ
かりながら思う存分アケビを食べた。

熊野の奥里らしい夜を過ごした早朝、サクマさんとケンちゃんは、朝霧
の撮影に行き、私とキョウちゃんは炭熾しをして朝食の準備にとりかか
った。
この日は、朝から小雨が降っていた。心配で外に出てみると、さすがに
いいコンディションとはいえないながらも、朝霧も若干出ている。
食事の準備を終えた頃、二人が戻って来た。
早速映像を見ると、山間に湧き上がる朝霧がきちんと写っていた。さす
がはサクマさんだった。

私達は素早く食事を終えて、熊野本宮大社へと移動した。

熊野本宮大社の撮影は、その都度事前に申請書を提出することになって
いる。この日は、社殿の撮影日として申請していた。
本宮大社に着いた時、丁度神官さんたちがそれぞれに朝拝をしている最
中だった。
雨に煙った本殿に向い、真っ白な袴姿で祈る姿はあまりに美しく、息を
呑むほどだったのだが、ふと横を見ると、宮司様も静かにずっとお祈り
されていた。
私はその姿そのものに、手を合わせたくなる思いがした。
宮司様が私たちの気配を感じて、こちらを振り返った時だった。カメラ
を廻していたサクマさんが、宮司様の傍に近づき「祈りの姿を撮らせて
下さい」と率直にお願いしたのだ。
私が驚いていると、宮司様は「後姿なら…」ということで了承してくだ
さったのだ。
私達は厳粛な気持ちでカメラを廻し始めた。
祈る人の後姿が、これほどまでに美しいと思ったことは無かった。

撮影終了後、サクマさんに「素晴らしいカットが撮れましたね。私の口
からはとてもお願いできませんでしたよ」とお礼を言った。
すると、サクマさんは「僕も夢中でしたから。第一、プロデューサーで
ある天川さんが、もしお願いしてダメだったら後々影響があるかもしれ
ないですけれど、カメラマンである僕のお願いだったら、もし断られて
も天川さんがプロデューサーとして『カメラマンが失礼なお願いして申
し訳ございませんでした』と謝れば済みますから」と答えてくれた。
私は改めてサクマさんは、なんてプロフェクショナルな人なのだろうと
心底思った。

この日は、次々と撮影を終えて午後3時に再びクスモトさんと会うこと
にしていた。
前日、行く予定で日が暮れて行けなかった場所まで案内してくれるとい
う。クスモトさんの車が先導してくれるのだが、道はどんどん激しい山
道になっていく。ある場所まで行った時「これから先は、普通の乗用車
は無理だから、乗り換えてください。ただし、機材がいっぱい積んであ
るから僕を含めて4人までしか乗れないけれど」と言った。

結局、寂しい山道の途中で、キョウちゃんだけが乗用車の中で留守番を
することになってしまった。

                        つづく…