DVD「熊野大権現」撮影雑記


■「森羅万象への旅路」11

熊野在住の写真家のクスモトさんという方がいる。
熊野の写真を撮り続けて40年余り。

私は彼の写真を見た瞬間から、その荘厳さと美しさに、すっかり心を奪
われていた。
クスモトさんに、熊野の重要スポットを案内していただけたら、どれほ
ど素晴らしいものになるだろう…。
私は、連絡先を調べ、思い切ってクスモトさんに連絡を取ってみた。
すると、思いのほか快く撮影時のガイドを引き受けてくださることにな
った。
世界遺産になった今、クスモトさんは、至る所で引く手あまたである。
写真集は売れに売れ、最近は講演会などでも忙しいそうだ。
お会いしてみると、とても気さくで素敵な方だったので、一気に心の距
離が近づいた。
以後、幾度か打ち合わせを重ねキーパーソンも幾人か紹介してもらえた。

映像カメラマンのサクマさんとクスモトさんが合流しての撮影日初日は、
朝から快晴だった。

この日撮影に行ったのは、昔の自然林そのままの古道が続く大辺路の一
角、須佐美。雑木林やツツジのトンネルを抜けると、熊野灘が眼下に広
がりなんとも気持ちの良い路だ。
日本の多くの山々は明治から近代にかけて、杉が植林され続けた人口林
だという。熊野もその例外にもれず、古道として人気の道のほとんども
原始林や自然林を伐採された後に植林された杉林の道なのだ。
だから、この大辺路のこの道が存在することは、とても貴重なことだと
クスモトさんは話してくれた。

その後、数箇所ポイントを巡りながら以後の撮影段取りをつけ、地元で
有名な店で夕食をとって、この日は早々に宿に向かった。

実は、この日はいつも撮影や移動などで酷使している皆に、少しは休憩
してもらおうと一度も行ったことがなかった温泉ホテルのビジネスプラ
ンというのを選んだのだ。

しかし、この選択が間違っていた。

私達が行ったホテルは巨大なレジャー温泉ホテル。どう考えてもビジネ
スプランで行くようなホテルではない。
着いた途端から、場違いな所に来てしまったと薄々気がついていたのだ
が、その溢れかえるほどの人…人…人…。

でも、折角来たのだから、と気を取り直して私とキョウちゃんは温泉に
向かう。
半端ではない長い長いエスカレーターを、3回も乗り継いで上りきった山
の頂上に温泉が2つあった。しかし洗い場が無いほど人で溢れており、
ゆっくりと浸かれなかった。
懲りもせずに、私達は地下にある有名な温泉に向かった。が、迷子になり
ながらやっとの思いで辿り着いたお風呂も、これまた芋の子を洗う状況で
私達は驚いてすぐに出てきてしまった。
部屋に戻るには、カラオケやらスナックやらが軒並みならぶところを通り
抜けなければならない。案の定、はだけた浴衣姿でグデングデンに酔っ払
っている人たちの姿が目に飛び込んできた。この、あまりに非日常風景は
逆に面白くもあったが…。
この日、多くの日本人が、こうしてストレスを発散しに巨大温泉に来てい
るのかなと、ちょっぴり社会見学をさせてもらった気分だった。

翌日、朝一番から撮影や打ち合わせなど精力的に動いた。
この日の宿は、前日とは百八十度変わって熊野本宮大社の宿坊。私達は、
ここで静寂の中で過ごす豊かさを、改めてかみ締めていた。

                        つづく…