DVD「熊野大権現」撮影雑記


■「森羅万象への旅路」10

ガタガタガタガタ…パッチワークハウスの大きな窓が揺れる。
建物も左右に揺さぶられるように揺れ、時折、バタバタバタバタ…とト
タン屋根に叩きつけられた轟音も共鳴している。

昼過ぎから、天気予報通り暴風域に入った。
この建物の持ち主、ブワさんが雨合羽姿で現れ、雨戸の再確認をしてい
った。そして帰り際「きっと、このあたり雨漏りすると思うから、気を
つけてね。それから…万が一水量が増えてきたら、迷わず山の方向に逃
げてね」と言い残して、自宅に戻っていった。

そう、この建物は川の側に建っている。
台風などで一定の雨量を超えると、市街に続く道は封鎖されてしまうの
で、この日も午前中に買い物を済ませていた。
ブワさんの一言で、私は大昔のテレビドラマ「岸辺のアルバム」で見た
家が川に流されてゆくシーンを思い出していた。
台風がこんなに怖いと思ったのは、初めてかもしれない。
窓の外の川は、濁流となり何もかもを呑み込もうとする大蛇のようにす
ら見えた。窓の外の川を見る度、川の水量が上がっている。
私は、目星をつけて「あの土管が隠れたら、ここから非難脱出しよう」
と心に決めていた。

しかし、台風ばかりに気を取られてばかりもいられない。
この日、私達は熊野の資料などを読んだり、今後のロケハンスケジュー
ルをたてたりしながら、室内でできる作業に徹していた。
一方、石の写真家グンちゃんは、前々日、急に廃車となってしまったフ
ォト霊号の車内に乗せていた家財道具?やら資料やらの整理に追われて
いるようだった。
台風が直撃している状態の中で、私達のまわりは妙に静かな時間が流れ
ていた。

一時は心配していた豪雨も、夜にはほぼおさまり、巻き返しの風で、
相変わらず建物は音を立てて揺れていたが、命を脅かされるようなこと
は無くなった。
グンちゃんは「もうちょっとスリルがあっても面白かったのに」といた
ずらっぽく笑い、一同大きく頷いた。私達はやっぱりみんな似たもの同
士なのだと思った。

翌朝はすっきりと晴れ上がり、熊野古道の中心部である中辺路を中心に
一日中精力的にロケハンをした。
いよいよ翌日から、本格的な撮影に入るのだ。東京から映像カメラのス
ペシャリストSさんことサクマさんがやって来る。
ガイドには、熊野の写真家第一人者であるクスモトさんに同行をお願い
している。クスモトさんと数日前、打ち合わせをした際、私達だけでも
行けそうな場所を教えてもらっていたので、時間が許す限り、その場に
行き、移動時間なども計っておかなければならなかった。

かなりクタクタになりながら夜戻って来ると、グンちゃんが「新たな車
を提供してくれる人が見つかったから、明日急だけど名古屋に行くこと
にしたよ」と言う。
思えば、私達もグンちゃんも熊野でのスケジュールは、当初の予定通り
ではなかった。
でも、互いに様々な思い出と共に、清清しい新たな出発を迎えようとし
ている。翌日は、私達もパッチワークハウスから移動だ。

この夜、遅くまで私達は飲みあかした。

                        つづく…