『神戸からの祈り (19)』

「これから打ち上げを始めますので、手が空いた方から、こちらに集まって下
さい」拡声器で誰かが言う声が聞こえる。
まだ、祭り全体の片付けが終わっていないことはわかっていた。だから打ち上
げを始めるには、少し早すぎるのではないかと気にはなったが、雰囲気に水を
注すのも違うような気がして、私もとりあえずその場に向かった。

「乾杯〜!!」

簡易的に組まれた大テーブルの上に様々な料理が並び、出演者や舞台関係者、
そして辺りにいたスタッフなどが、ビール片手に乾杯を交した、まさにその時
だった。

「おまえら、何考えているんや!」
少し離れたお祭広場で様々な出店などを仕切っていたスタッフが、走りながら
やって来て、大声で怒鳴った。一瞬にして、水を打ったように静まり返る。

「そっちは、終わって打ち上げが出来る状態かもしれないけれど、まだ、あっ
ちで多くの仲間が働いているのがわからないんか!おまえらは気遣いが無さ過
ぎるや!!自分たちだけがよけりゃ、それでいいって訳やないやろ!!」
そこに居た全員が、どのように身を振っていいのかわからなくなり、取りあえ
ず大テーブルをのそのそと片付け始めて、お祭広場の片付けに向かう。

私は言葉が無かった。

そして、大方片付けが終わり、改めて打ち上げをする段になっても、私は打ち
上げの場にどうしても行く気になれなくなってしまった。

メリケンパークの片隅の水呑場。
誰も気付かないようなひっそりとした一角に身を沈め、私はへたり込むように
座って、ただただ泣いていた。
空を見上げると、また満月が薄雲がかかるながらも、顔を出してくれている。
大泣きしている私を、満月だけは見守ってくれているような気がした。

悲しかった。
悔しかった。
あれほど、何ヶ月も寝食を忘れてまでも、この日の為に動いていたことは、何
だったのだろう…。
何故、最後になって皆の意識がバラバラになってしまったのだろう…。
簡単に出るはずもない答えを求めながら、ただただ泣いていた。

ややしばらくして、打ち上げの場に私の姿がないことに気がついた親友のサッ
チャンが、水呑場でへたり込んで泣いている私を見つけた。彼女は、この日、
韓国舞踊を舞台上で踊り、その後は救急班の看護婦として動いていたので、絶
対に疲れていたはずだ。
だが、何も言わず走って行ったかと思うと、すぐさま二人分のビールを持って
戻ってきてくれた。

「彩、本当にお疲れ。乾杯!!」
私は言葉が出せないまま、手渡された冷えた缶ビールを合わせた。

サッチャンは、その後、言葉が出ない私に語りかけることもなく、一緒に泣き
ながらビールを飲んでくれた。

この時、枯れ切った喉に流れたビールの味は、涙と混ざって少し塩辛かった。

どれくらい、その水呑場に座り込んでいたのか、記憶にない。
サッチャンに諭されるように立ち上がり、ふらふらとメリケンパークの出口に
向かうと、何ヶ月も一緒にこのお祭りに関わっていた、数名の仲間の顔が見え
た。
鎌田東二さんが、私の顔をじっと見て「本当にお疲れ様…」と抱きしめてくれ
た。それから、代わる代わる仲間たちに抱きしめられながら、私は子供のよう
に泣きじゃくっていた。

それから、体で何が起ったのか、三日三晩、涙腺が壊れてしまったかのように、
涙が止まらなかった。

しばらくして、神戸の地元テレビ局が「神戸からの祈り」の特集番組が放送さ
れた。

家で、私と一緒にその番組を見ていた下の娘がポツンと言う。
「あれだけ、ずっと動いていたお母さんなのに、全くテレビに映っていないね。
でも、きっとお母さんは、大きなお花の根っこだったんだよ。綺麗なお花が咲
くためには、土の下にちゃんと根っこが張って頑張ったから、大きなお花が綺麗
に咲いたんだね」。

私は、その言葉でやっと救われたような気がした。そしてこの日、やっと自分を
自分で褒めてあげようと思った。

                       つづく…