『神戸からの祈り (16)』

1998年8月7日。
『神戸からの祈り 満月祭』を翌日に控え、神戸、東京のスタッフや出演者が
淡路島に集結した。
そして翌朝、震源地の祈りが行われる予定になっている場所をまず掃除をする
ことになった。
皆、無心で清掃するうちに、心身までも清らかになっていくようだ。

掃除が終わったのと、ほぼ同時だったと思う。

見る見るうちに、対岸の神戸上空に真っ黒な雲が伸びてきて、やがて輪となり
神戸を取り囲んでいるように見える。そして、その輪の下に幾本もの稲妻が走
り出し、豪雨になっているようだ。

淡路島側の私たちは、青空だというのに…。

すると、それまで、私たちと一緒に笑いながらゴミ拾いをしていたアシリ・レ
ラさんが、突然立ち上がり、海と空に両手を広げて何かを祈り始めた。
さっきまでのレラさんとは別人のようで、とてもではないが誰も近寄れない。
やっぱり、彼女は正真正銘のシャーマンなのだ。

やがて、もう一方から白い雲が伸びてきて、それも輪となり、黒と白の雲が神
戸上空でグルグルとまわり始めた。

「あれは、黒龍と白龍だ。黒い力は白い力に及ばない。見ていなさい!」

レラさんは、いつになく強い口調でそういうと、再びアイヌ語で何かを祈って
いる。

確かにそれは、雲というより龍のようだった。黒龍と白龍が絡み合って、その
下を幾本もの稲妻が同時に走る。しかしやがて黒龍は白龍に包まれるようにグ
ルグル旋回し、やがて空高く上って行った。

目の前で繰り広げられた、不思議な光景にあっけにとられていたが、次の瞬間
私たちの上空にも稲妻が走り、一瞬にして豪雨となった。


私たちは大慌てでそれぞれの車に飛び乗って、とりあえず近くのお好み焼き屋
さんに入り、昼食をとりながら雨が上がるのを待った。

レラさんは何事も無かったかのように「これは、お清めの雨だから心配いらな
い。すぐ上がるよ」とガハハハ豪快に笑いながら、焼きソバを頬張っている。

私たちが昼食を終えて外に出ると、さっきの光景がまるでウソの様に、再び青
空が広がっていた。



つづく…