『神戸からの祈り (12)』

奈良の山奥、天河から淡路島に着いた頃には、夕方になっていた。

震源地の祈りの場所を探しにやって来たメンバーは、天河の弥山登拝から一緒
に移動した鎌田さん、鳥飼さん、岡野さん、そして淡路島から合流した城内さ
んと萩原さんとの総勢6人。鎌田東二さん意外は、全員が女性だ。

私たちはまず、バスに乗って島をまわってみることにした。
祈りのセレモニーは、夜明けと同時、日の出の時に震源地から近い場所で行う
予定にしていたので、朝日が見える島の東側でなければいけない。
路線バスだというのに、私たちの貸切のような状態だ。やや走ったところで、
鎌田さんが「あの場所はどうだろう!」と叫んだ。私たちはすぐさま、身を乗
り出して探したが、バスは容赦なく前に進むので、その時はどこの場所を指し
ていたのかわからない。その後、これといった目ぼしい場所が見当たらないま
ま、バスは島の西側に差し掛かった。

すると、突然、夕陽がバスの中に差し込んできて、空気までをもオレンジ色に
染めた。誰ひとり口をきくこともなく、一斉に手を合わせて、沈み行く太陽を
拝む。
宿について、天河での3日間、ほとんど寝ていないのだから、しっかり寝よう
と言っていたのに、結局、この日も明け方まで話し込んでしまった。

翌日、バスでは移動に限りがあるということで、レンタカーを借りることにな
った。
当初、6人で乗れるワゴンを借りる予定だった。が…甘かった。
島の田舎町、事務所兼自宅のような小さなレンタカー会社があっただけで良か
ったと思わなければいけないのだが、そこには小型乗用車が2台あるだけだっ
た。皆が一斉に私を見る。
前日、レンタカーで動こうということになって話し合っていた時、免許を持っ
ているのは、2人であることが判明。一人は萩原さん、そしてもう一人が私。
萩原さんは運転は得意だというので、ならばワゴンを借りて、彼女が運転する
という段取りになっていたのだ。

私は自慢じゃないが、運転が大の苦手である。
子供が小さかった頃には、幼稚園の送り迎えの他に、やれ塾だお稽古だ(恥ず
かしながら、かつての私は教育ママだったのだ)と、毎日車の運転をしていた
が、元来、運転は性分にあわない。
仕方なく運転しても「万が一、事故を起してしまったら」と考えるだけで気が
重く、無事に戻って車庫に車を止める度、ホッと胸をなでおろしているような
奴なのだ。正直な話、免許は身分証明の為に持っていたいと考えているような
ドライバーには、限りなく不向きな奴なのだ。そんな私が、レンタカーなどと
いう、使ったこともない車を運転するなんて…そりゃ、無茶というものだ。

しかし、いくら駄々をこねても、皆とりあってくれなかった。仕方が無く、私
も渋々運転することになった。

ただし、高速は使わないという約束で…。

淡路島は、古事記や日本書紀などにも登場する、国生み神話の島だ。人間が生
まれるはるか昔、神様が天上界の高天原(たかまがはら)にいらした頃、男神
のイザナギと女神のイザナミに、国生みの命令が下り、二人の神様は、天と地
を結ぶ天の浮橋(あめのうきはし)から沼矛(ぬぼこ)で、下界をかきまわし
て、沼矛から最初にこぼれ落ちた雫が、おのころ島つまり淡路島になったとい
われている。

私たちは、この祭りを行うにあたり、伊弉諾(イザナギ)神社に関係者全員で
お祭前日に正式参拝をするべきだと考えていた。そこで、この日はまず伊弉諾
神社に向った。すると禰宜さんが快く出迎えてくれて、8月7日の夕刻より、
祈願の為の正式参拝をしてくれることになった。

その後、本格的な祈りの場探しとなった。

私の運転する車の助手席には鎌田さんが、後部席には岡野さんが座わった。最
初、運転嫌いの私は、肩に力が入った状態で運転していたのだが、鎌田さんの
オヤジギャク連発を聞いているうちに、自然と運転が楽になってきた。
一緒に笑っていた岡野さんが、疲れからか眠り始めた頃、鎌田さんがしみじみ
と、イベントへの思いや今までの経緯を語り始めてくれた。この平和イベント
に関わり始めておよそ半年。この時、初めてゆっくりと鎌田さんと話しをした
ような気がした。

場所探しは、意外と時間がかかった。
前もって人から聞いていた場所や、野島断層など、あちこち動き、祈りの場を
探し続けたが、なかなかこれといった場所が見つからない。やはり、島は広い。
あっという間に夕方になってしまった。

私たちは、前日、鎌田さんがバスの中から見ていた場所に向かうことにした。
その時、急に鎌田さんが「彩ちゃん、時間が無いからやっぱり高速使おう!」
と言い出した。実は、私は運転の中でも高速が最も嫌いなのだ。

余談になるが、昔、渋滞している高速道路で、何時間もノロノロ運転が続いた
時、あまりにも疲れている相手が気の毒になり運転を変わったことがある。
ところが、私がハンドルを握った途端、どういう訳か渋滞が解消して、思いっ
きり進み出したのだ。あっという間に、凄いスピードで車が動き出して…私は
大騒ぎしながらアクセルを踏むしかなかった。何時間もの渋滞から開放された
車は、皆、猛スピードを上げてくる。私はあぶら汗をかきながら、どうにか次
のパーキングエリアまで走ったのだが、死ぬ思いだった。


だから、高速は使わないという約束だったのに…。

「絶対、それだけは嫌だ」
「いや、大丈夫。今こそ殻を破らなきゃ」
「何と言われようと、嫌なものは嫌だ」
「高速の運転なんて、下の道より安全じゃないか。行け〜!」
「運転しない人に、偉そうに言われたくない!」
「彩ちゃん、進化だ!進化するんだ!」
「進化なんかしなくていい!」

などと鎌田さんとやり取りしているうちに、高速の入り口近くまで来てしまっ
た。夕闇が迫り、迷っている時間はない。私は思い切って高速の入り口方向に
ウインカーを出した。

清水の舞台から飛び降りる気持ちで乗った高速道路だったが、全く他の車は走
っていなかった…。

高速道路を使うと、あっという間に目的地のインターに着いたので、鎌田さん
が一瞬バスの車窓から見えたという場所に向かってみることにした。
目印にしていた、体育館と工事現場の細い路地を通りぬると、そこは忽然と現
れた。

淡路島から神戸にかかる、強大な明石海峡大橋が夕刻の空にイルミネーション
されて、浮かび上がって真正面に見える。
淡路島の野島断層を震源地として、対岸沿いに見えるあの神戸が大きく揺れた
のだ。
国生みの島から、神が戸を叩き、大きな揺れとなって、人類に警鐘を鳴らした
大震災。

震源地の祈りは、この場所だ。

私たちは、朝陽がこの場から昇ることを確認する為に、夜明け前に、もう一度
その場に行ってみることにした。

                           つづく…