『雨弓のとき』 (59)
天川 彩
育児に奮闘していると、毎日はあっという間に流れていくようだったが
祥子の孤独感は、日に日に増していた。
真由子が活発に動き始めるようになってから、お天気の良い日には、近
所の公園に連れていくようにしていた。が、同じぐらいの幼児を連れた
ママたちの輪の中に、どうしても入れないのだ。一言でいえば、居心地
が悪い。既に出来上がっているような連帯感は、自分を拒絶しているよ
うに感じていた。
少し離れた公園に足を伸ばしてみても、結局は同じだった。
真由子の方は、何処に連れて行っても、すぐに誰とでも仲良くできてい
るというのに、祥子は話しかけられても、会話に上手く返答できない。
「お嬢ちゃん、何歳?」まではいいのだが「ママは?」と聞かれ、自分
の年齢を言うと必ず「随分若いママなのね」と判で押したように返って
くる。そして、会話が止まり…というのが、お決まりのパターンだった。
今の出産平均年齢が何歳なのか、祥子は知りもしないが、どうみても、
自分よりひと回り近く年上に思えるママたちばかりで、自分が酷く幼く
思えた。
数ヵ月後、大学時代の親友、明日香から封書の手紙が届いた。
就職活動で忙しくなってから、ほとんど電話やメールも来なくなってい
たが、祥子も真由子の世話に明け暮れる毎日で、自分から連絡を取るこ
とも忘れていた。
明日香から、メールでもなく電話でもなく、封書が届いたことに、祥子
は驚いた。開くと、綺麗な便箋に几帳面な丁寧な文字で、就職が決まっ
た知らせが綴られていた。そして、祥子と互いにマスコミ就職を目指し
励ましあっていた日々を懐かしみ、最後に祥子が子育てを選んだことを
尊敬していると追記してあった。
明日香が精一杯の誠意で、自分に就職したことを報告してくれたことは
素直に嬉しかった。しかし、明日香との間にも、いいようのない距離を
感じ、益々一人取り残されていくような苦い感情が湧き上がっていた。
とても手紙を書く気にはなれず、正直な所電話で話すのも辛かったので
とりあえす携帯メールで「おめでとう」という文字だけを打って送信し
た。
ややしばらくして、少し長文で返信メールが返って来た。が、祥子は読
む気になれなれず、携帯を閉じた。
そこに、「ママ〜ちっこちた〜」とお昼寝から寝覚めた真由子がパンツ
を濡らしながら駆け寄ってきた。どうやらおねしょをしたらしい。
祥子は思わず、真由子の頬を叩いた。真由子は、驚いて火がついたよう
に泣いた。そして「ごめんなちゃい ごめんなちゃい」と謝る真由子を
見て、急に自分に悲しくなった。
祥子は、真由子を引き寄せ抱きしめ小さな頬を撫でた。
マズイ。私。本当に余裕が無い…。祥子は薄々、自分が育児ノイロー
ゼになっているのではないかと感じ始めていた。
つづく…