『雨弓のとき』 (31)
                     天川 彩


祥子は、しばらく迷っていたが、意を決して電話を持った。
「どうしたのよ…。こんな真夜中に」
明日香の声は、寝起きの声だった。時計の針は、午前二時半をまわって
いる。確かに、明日香がいう通り、真夜中だ。
しかし、こんな夜中に電話をかけられる相手は親友の明日香しかいない。

「ご、ごめん。あのさ…」
「え?」
「あのさ…」
「だから、何?何かあった?」
「…」
「もしもし!」
「あ、あぁの…」
「どうしたの?何?今度はお母さんが倒れたとか?」
「いや、それはない…けど」
「けど何よ。気になるじゃない」
「明日香…。明日、火曜日だから2時限目の授業で会えるよね。あのさ、

悪いけれど明日、授業終わったらうちに来てくれるかな?」
「それはいいけど、どうしたの?」
「明日話すから」

祥子は少しだけ肩の荷が下りて、そのまま布団に倒れこんだ。
目が覚めたので、テレビのリモコンスイッチをオンにしてみると、正午
のニュースが流れていた。かなりの時間眠っていたはずなのに、まだど
うにも眠くて仕方がない。再び眠りかけた時、電話が鳴った。
「ちょっと祥子。何やっているのよ。今日2時限目の授業で会うはずじ
ゃなかったの?」
「あ、ごめん」
「ごめんじゃないわよ。まったく祥子はいつまでたっても子どもなんだ
から」
「…」
「ちょっと聞いているの?」
「聞いてるよ」
「それじゃ、ま、とにかく後から家に行くから」
「ありがとう…」

明日香が部屋にやってきた時、祥子はまだ布団の中にいた。

「どうしたのよ!そんな格好で!」
「あ、明日香…。来てくれてありがとう」
「そんなのいいけど、どうしたの?何か変だよ」
「私、週末からずっと体調おかしくてさ」
「え?体調おかしいって?」
「吐き気がするというか」
「吐き気?!それって…まさか妊娠?」
「わかんない」
「良一さんは?」
「今、アイルランドに行っている」
「そうか。で…アレは止まっているの?」
「いつも不順だから、あまりわからない。どうしよう…。明日香」
「どうしようって…。私だって経験ないし」
「だよね」
「ちょっと、待っていて。私とりあえず薬局行ってくる」
「薬局?」
「そんな時の為に、試験薬ってあるんだから」

明日香は、そういい残すと慌てて玄関から飛び出した。

                        つづく…