『雨弓のとき』 (26) 天川 彩
バイトを終えて、家に戻った祥子は、しばらくぼんやり考えていた。
明日香に就職のことを言われ、改めて現実に引き戻されたような気分だ
った。良一と出会ってから、様々なことが急激に変わったことは現実だ
が、これから二年もしないうちに自分も社会人になる。
良一のことは好きだが、まだ自分は、全く確立できていない。明日香が
いうように、恋はほどほどにした方がいいのだろうか…。
そんなことを思っているとき、良一から電話がかかってきた。
「今週のお休み、たまにはデートしようか」
「うん!行く行く」
祥子は、良一の誘いに、二つ返事で答えている自分がなんとも可笑しか
った。電話を切った後、恋も勉強も頑張るぞ、と気合を入れて、久しぶ
りに大学の勉強をし始めた。
週末、最初に向ったのは、二人が最初に出会った青山の小さなレストラ
ンだった。祥子たちはあの日と同じサイコロステーキを注文してみた。
「なんだか、数ヶ月前のことなのに随分昔のような気がする」
「確かにそうだね」
「あの日の部長さん、お元気?」
「元気だよ。そうだ、今日部長が言っていたんだけど、あの三浦朋美っ
ていったかな…。あの子、うちの会社に正式に入るらしいよ」
「やっぱり…」
祥子は、恐れていたことになったと思った。あの朋美だけには、良一に
再会してもらいたくなかった。しかし、現実を変えることなど出来ない。
「ふ〜ん。そうなんだ…へぇ〜。なんか凄いね…執念ってやつかな…」
祥子がブツブツ言っている時に、サイコロステーキが運ばれてきてきた。
「さぁ、熱いうちに食べようよ」
「うん。だけどさ…」
「何?どうしたの?」
「トモミに気をつけてね」
「えっ?」
「だから、トモミには気をつけて」
「どうして?」
「どうしてって…なんとなく好きじゃなくて」
「それは、前からなんとなく感じていたけれど、君と巡りあわせてくれ
たのも彼女だし。僕はちょっぴり感謝しているんだ」
「まぁ、そういわれたらそうなんだけど…」
「あれ?ヤキモチやいている?」
「違うって」
「ほら、冷めちゃうから食おうよ」
「そうね。でも…」
「まだ、何かある?」
祥子はかぶりを振った。これといって何というわけではない。ただ三浦
朋美が良一のそばに来ることが、なんだか不安なだけだった。
食事を終えて、二人は近くのファッションビルに入った。
そのビルの中にも、良一の会社が経営するショップが入っていた。イニ
シュモアの見慣れたロゴが、ガラス一面に大きく描かれている。
お洒落なお姉様たちが、店内で商品を吟味している姿に、祥子は少し気
後れしていた。
「こっちにおいでよ。これ、あててみて」
良一がショーケースに入っている薄手のオレンジ色のセーターを取り出
し、手に持っていた。
「えっ?」
「いや、これ新作なんだけど、君に似合うんじゃないかと思って。今日
はさ…君に何かプレゼントしたいなって思っているんだ」
つづく…