『雨弓のとき』 (15)                天川 彩


「それじゃ、改めて乾杯!」
昨日、テーブルに並べた料理やケーキが再びテーブルの上に登場した。
祥子と良一は、昨日の続きから始めるように、再びグラスを傾ける。
といっても、中味は良一がこの夜用意したのは、駅前のスーパーで購
入したお子様用シャンパンだったのだが…。その気遣いが祥子には嬉
しかった。

「はい、プレゼント」と言いながら、良一がカラフルな包み紙に入っ
たプレゼントを祥子に手渡した。包み紙を開けると、そこには生成り
色のざっくりと編みこまれていたマフラーと帽子が入っていた。
「可愛い!!」
祥子は、マフラーと帽子を持って、洗面所の前で身に着けてみた。
フワーっと暖かい空気に包まれているような感触だ。

「どう?」
リビングに戻り、良一の前で披露すると、良一は目を細めて嬉しそう
に笑った。
「これ、どこのだと思う?」
「どこって、イニシュモア…のじゃないの?」
「正解。だけど不正解」
「…?」
「あのね、イニシュモアはイニシュモアなんだけど、うちの会社の商品
じゃないんだ。ネットでイニシュモア島のアラン編みの帽子とマフラー
を探して、注文したんだ」
「ネットで?」
「かなり前になるんだけどね、アイルランドに行った時、島の船着場で
見かけたことがあって…。なんだか急に思い出してね。祥子ちゃんに凄
く似合いそうだな、と思って探したんだ。それにしてもよく似合ってい
るよ」
「ほんと?ありがとう。大事にするね」
「ま、普段に使うタイプのだから、この冬活躍させてあげてください」
「この冬だけじゃなくって、ずっと使わせていただきます」
「喜んで貰えてよかった」
「ちょっと待ってね…」祥子はそういうと立ち上がり、ソファーの上に
置いた鞄の中からゴソゴソと夕べ渡しそびれた良一へのプレゼントを取
り出し、両手を添えて手渡した。

「何だろう」
良一が包みを開けると、祥子が選んだグリーンのシステム手帳が出てき
た。
「あのね、来年のスケジュールに、私との約束も沢山書いて欲しいなぁ
と思って…」
「そうか、そうするよ。素敵なプレゼントありがとう」

そして、二人は夕べの時間がそのまま続いているかのように、楽しく喋
りながら夕食をとった。

「さぁ、丸いケーキの時間だよ。夕べ買ったヤツだけど、大丈夫だよね。
ホラ!」
良一はそういうと、大きな箱を開いた。

中からは生クリームとフルーツたっぷりのケーキの上に、サンタさんや
トナカイまでがデコレーションされた、丸い大きなケーキが登場した。
「すごーい!」
「ささ。切って食べようよ」
「切るのもったいない。このまま食べようよ」
「え〜?このまま?」
「フォーク刺して。ダメ?」
「お行儀悪いよ」
「そうか。切ったらいつものショートケーキと変わらないんだけど…」
そう言葉にした途端、祥子は口ごもりうつむいた。
「祥子ちゃんが、そうしたかったら、そうしてもいいよ。今日はお行儀
悪くてもいいか」
「ごめんなさい。そうじゃないの。母のことを急に思い出しちゃって」
「お母さん?」
「今朝ね。電話がかかってきて、クリスマスには私が実家に帰ってくる
かと思って、いつもの年のように、ショートケーキとチキン買って昨日
待っていたんだって」
「え?いいの?帰らなくて」
「あ、それはいいの」
「だけどさ…。今日誘って悪かったかな」
「そんなことないって」
「でも、確かお母さん、甘いもの嫌いだから、祥子ちゃんの分だけ毎年
買ってくるって言っていたよね。大事にされているんだね」

祥子は良一に対して、初めて少しキッとした目を向け「…なわけないで
しょ。あのね、私の口から言うのも恥ずかしい話だけれど、私は親に大
事になんか、これっぽっちもされて来なかったの」と吐き捨てるように
言った。
良一があっけに取られた顔をして、祥子の方を見ていたので、祥子は急
に我にかえった。
「いやだ。私ったらなんかムキになっている」

良一は、祥子にどのように声をかけてあげていいかわからなかったのだ
が、背後から肩をギュッと抱きしめた。
「よかったら、僕に話して」
良一の言葉に、祥子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


                          つづく…