<天と大地に感謝する旅 プレミアム ペルーツアー 報告>
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栄子ちゃん

この度のオフィスTEN企画のペルーツアーの案内は、来年早々に後期高齢者の仲間入りをする私にとって、不思議な因縁を覚えました。高齢者の前期,後期の折り返し地点の今だからこそ地球の裏側に足を運ぶ絶好の機会ではなかろうか?と自問自答。時が導いてくれているように思われたので、ツアー出発の一ヶ月前に怪我をした足も完治せぬままの状態でしたが、申し込んでいました。

無知蒙昧な私は、ペルーへの認識も殆ど無く、ただ世界遺産で高名なマチュピチュの景色を幾度か目にしている程度でした。世界遺産とは云いながらTVの画像に映るその景色は単に人工的に造られた箱庭のように思われ、「世界遺産人気のbP」とランク付けされている事が不思議にさえ感じられておりました。それ故、期待もせず 時の導きに従って参加したようなものでしたが…。

1〜2日目は、長旅の疲れを癒し、高地への順応を考慮し、体調を整えるためリマ、ウルバンバの町並みを見学。毎、日曜日に開かれる地元の市場では、お土産の物色などを楽しみ、たまたま行われていた街のお祭りに参加しました。

同じペルーでありながら、それぞれ、まるっきり違った雰囲気の土地柄に出会い、日々新たな楽しみの連続でした。車内はまるで家族同士のような暖かな雰囲気でリラックス状態。でも、さすがに疲れが出はじめた5日目。早朝からマチュピチュ駅行きの観光列車に乗り、乗り継ぎのバスの中では疲れがピ−クに達していました。

ところが、突然バスの車窓から、まるですり鉢の底のように深く、更に深い渓谷から、シャドゥグリーンの大木がまるで天空にそびえる如く猛々しく雄大に林立し、神々しいほどの迫力を見せながら天高く。 遥かその向こうにはベィンズグレーの色を成す頂が二重、三重に重なり、その山と山の山合を、まるで絵に描いたように白く雪をいただいたアンデスの山頂が、コバルトブルーの乾いた空にくっきりと映えた様は、感動を超え、まさに絶句状態でした。

私は、この自然の雄姿に感涙を覚え、はじめて神を感じることが出来たように思います。確かにマチュピチュの遺跡の全体像も美しく、一つ一つの遺跡の素晴らしさ、古代インカの人々の叡智の素晴らしさを思い知らされましたが、何と云ってもその遺跡の周りを取り囲む自然の素晴らしさには、ただただ畏敬の念を覚え、この景色を拝むだけでも遥々足を運んだ価値があったと思えました。

最後になりましたが、このツアーに関わられた方々、そしてご同行の皆様に大変お世話になりました。どうも有難うございました。

(栄子ちゃん)


                            




 
そらさん

いつのころからか憧れて続けていた空中都市マチュピチュ。
乾いた大地に描かれた謎の地上絵ナスカ。。
はるか遠い神秘の国ペルー

そんなペルーに行ってきたのが、まだ夢のようです。
行く前のイメージは「遺跡」だけでした。
実際行って感じたことは「豊かさ」と「懐かしさ」
豊かな自然、食材や植物の豊富さに驚きました。
そして心豊かな生活、日本は贅沢だけど、貧しいな、そんな想いを抱きました。
日本を訪れる人に経済や物でだけなく、素敵な国だなぁ
と思ってもらえるそんな国になれたらいいな。

ペルーでは嬉しいサプライズが2つもあったことも忘れ難い思い出です。
クスコの空港で偶然知人に会ったこと!
現地でお誕生日を向かえみなさんにお祝いしていただいたこと!
素敵なガイドさんにも出逢えて本当に素敵な旅でした!!
今回の旅でもみなさまにたくさんのサポートをいただき、
本当に感謝しています。ありがとうございました。
また素敵な企画を愉しみにしています。

(そらさん)





  
よしこちゃん

インカトレイルを経てマチュピチュを訪れた友人からの1枚の
ハガキがきっかけとなり、マチュピチュは私にとって数年来の憧れの場所でした。

マチュピチュは思った以上に観光客が多く、テーマパークかと思うほどでしたが、
翌日の朝一番のバスで再び訪れることで、その魅力を改めて深く味わうことができました。
徐々にのぼる朝日に照らされる中、遺跡でたたずんでいると、かつてこの地で暮らしていたインカの人々が自然を崇拝していたことに素直に共感できました。今回訪れた場所はいずれも印象的で奥深い魅力があり、素晴らしいガイドさんによって、地元の人々の歴史感や生活にも少し触れることもでき、最高の“ペルー入門編”となったように思います。

また、今回も素敵なお仲間に恵まれ、まるで大きな一つの家族で旅行しているかのように、
リラックスして10日間の旅を楽しむことができました。

ペルー、そして素敵なお仲間との出会いをつなげてくださったオフィステンさん、
ありがとう〜。

(よしこちゃん)




朝ちゃん

子供の頃に見た本でしか知らなかった「マチュピチュ」への行く企画がある!?
ある日、メルマガを読んだ私はさっそく下野さんの講演会に申し込みました。
講演会で下野さんからペルー・アンデスのお話と下野さん撮影の写真の美しさに
魅了されました。

お話の中で衝撃だったのは、なんでも遺跡から出た遺体のDNA解析をしたら、アイヌの人々のDNAと近いという発言。ロマンが広がって行きます。

お導きを受けて企画に参加できる事になり、リマの天野博物館を訪れたとき、あのとき下野さんが語って下さった文明の輝きとDNAの近さに日本とペルーの長い距離が縮まりました。美しい陶器、織物…。織物は綴織、素朴な柄だしは日本と縁があると思わせる物でした。

今回のペルー旅行はペルーの今とインカの滅亡とスペインとキリスト教とアンデスの宗教に関する社会化見学と言ってもいいくらいの、かの地を満喫させてくれるものでした。旅程を組んでくださったTENの方、ペルー在住の方の愛を感じました。ありがとうございます。行く前は一生に一度だと思っていたのですが、考えは変わりました。

件のマチュピチュへは更に長い旅です。なんせ高山病と言う難問があるので、これにかからないための対策を何重にも施さなくてはなりません。

けれどこれが結果的にはすごいよかった。すぐにも見たい行きたい! のマチュピチュへの気持ちでクスコからさっくりと行っていたら、高山病よりもただアンデスを上滑りするような観光だったのではないかと思います。

なぜなら行く前に2泊ウルバンバの村で滞在する事によって、よりアンデスの人々に近づき理解が出来たからです。今を生きるアンデスの人々が、長い間受けた迫害の歴史にもくじけなかったその笑顔を見る事、遺跡観光だけではない人間同士の交流が体の中にアンデスを愛する心を芽生えさせたのだと思います。

そしてマチュピチュ。スペインの破壊を免れた奇跡の遺跡。発掘品はほとんどがアメリカに行ってしまっていますが、遺跡を歩くと爽やかで清浄な気だけが伝わってきます。破壊されていないってこういうことなんだ…。生贄の話も日本で聞いていたらグロテスクで恐かったのに、マチュピチュのその祭壇の前で説明を受けたら、なんて美しい儀式なのだろうという意識になりました。とても不思議。マチュピチュでたっぷり2泊頂き、昼の遺跡、朝の遺跡を堪能できたこと夢のようです。 

インカ道は駆ける道なんだとアレックスに聞いていたら、むずむずと走りたくなって(昇
りは息きれてましたが)私を放し飼いにしてくださってありがとうございます。駆け下りてわかったのは、歩いて昇って大変だったあの階段の高低や石の配置が駆ける足用に計算されて作られていたことです。絶妙な位置にいい石がある!! いつしか別の国から来た青年と競走してました…。私はチャスキ(飛脚)気分を味わえましたが、競走は途中で打ち切られました。ポクポクと下からリャマが昇ってきたのです。

一気に 「平和や 平和やで」と言わんばかりのかわいいリャマ。彼に道を譲ってその後はのんびりと遺跡に戻りました。残してきたメンバーに「リャマかわいかったね」と聞いたら、「昇ってこなかったよ」って。一本道なのに彼はどこに消えたのでしょう?

想い出が次から次へと甦る旅でした。
皆様、本当にありがとうございました。
またそれぞれがペルーの大地を踏むことができる日が来ると思います。
それまでにもっと語学と歴史を学ばせていただきます。

(朝ちゃん)





みー子ちゃん

楽しい旅をありがとうございました。
我が家のベランダから、白い雪がかすかに残る手稲山を眺めながら、
あのアンデスの山々を思い出しています。本当にお疲れさまでした。

彩さんの温かな人柄と笑顔、きょうこちゃんの真剣な瞳が昨日のように瞼に浮かんできます。今、年を重ねて、人との出逢いの大切さと別れの悲しみを胸にズシンと感じている今日、この頃。今回の旅はそんな私にとって嬉しい幸せな出逢いになりました。本当にありがとうございました。こんなに自然の素晴らしさに感動できる自分にもちょっぴり感動?です。
身体が動く内はまた旅に出たいなぁと考えています。

また、逢える日を楽しみにしています。
青い青い空と、降るような大粒の星に。

乾杯!!

(みーこちゃん)


 



ふーみん

ペルーといえばマチュピチュ、と思っていいましたが、私にとっては何と言っても空の青さ。山の中腹までに耕された大地、そしてその大地をふきわたるアンデスの風!が忘れられません。それに手仕事の素晴らしさ、精巧に織られた織物、素朴な用具で織る姿を見て、人間の知恵の素晴らしさをあらためて実感しました。夜景のクスコの街、朝ホテルを出て眼下に広がるクスコの街を見たときの感動も忘れられませんね。毎日毎日ペルーの素晴らしさに感動の日々でしたが、リマ〜ナスカまでのバスの車窓の風景は、なぜか南米ペルーへの移民へ思いを馳せました。熊本県から多くの人が夢を求めてブラジルやペルーに移民した歴史があります。今年はブラジル移民100年でもあります。過酷な日々であったであろう事を思うと、胸に迫るものがありました。

とにかく充実の旅でした。マチュピチュに二日も行くような思う存分の観光、現地の人とのふれあい、好きな物を注文してみんなで分け合っての食事、○○さん、△△ちゃんと、みんあが呼び合う旅の仲間、一度も免税店なんて連れて行かれない、そんな今までにない海外の旅でした。みなさんありがとうございました。

(ふーみん)



ケンちゃん

とにかく子どもが多い。行き交う母親の手に、必ずと言っていいほど子供がぶら下がっている。子供の数が多く、校舎建築が間に合わないのか、午前の部・午後の部そして、夜の部まで授業があるという。そして、よく遊ぶ。それも身の回りにあるものを上手に使い遊んでいる。夜、暗くなるまで平気で外で遊んでいる。そんなことを考えていると、「まてよ。こんな子ども達、どこかで見たことがあるぞ。」と思いついた。

そうです。戦後間もない頃の自分の子供時代がそこにあったのです。みんな貧しくはあったけど、明るく、おおらかでお互い助け合いながら暮らしていた。そして、みんな希望を持ち、明日は必ず良いことが起きると信じていた時代です。今の日本にないそんな活力がペルーにはあったのです。


(ケンちゃん)




はるちゃん

ぜかペルーに行きたいと強く思った。
もともと、遺跡や秘境は大好きだ。且つスペイン語圏であり、中南米はこれから攻めてみたい土地ではあった。しかし、個人で行くには躊躇もある。惹かれるツアーもない。ツアー旅行はしたことがないし、ひとり参加にも迷いもある。そんな状況でただGWも間近に迫ってきていた。今年のGWはおとなしくしておくべきか…といった諦めも持った4月中旬。そんな中でたまたまヒットしたのが、TENさんの「天と大地に感謝する旅 ペルーツアー」であった。ツアー内容もさながらメンバー規約の@ゆるやかに流れる旅の時間や出会いを楽しむ、

A食べ物は感謝していただく
Bその土地に暮らす人々の文化や習慣を邪魔しない
C「お客様」ではなく旅の仲間として参加する
などに大きな共鳴を覚えた。

しかしながら、出発2週間前ともなると申し込みをしたからといって簡単に参加できるわけではなかった。現地での宿泊や移動の空きの確認や確保といったことが必要だった。実際に彩さんからは「天にまかせましょう。縁があれば一緒にペルーへ行けるでしょう」と言葉がでるほどに一種の賭けに近いような結果待ちの状況であった。そんな状況の中、私の我儘も追加されたにも関わらず、参加OKの回答を頂けた。何か不思議な力が働いたとしか思えない「縁」だったと思う。
正直、最初はとても心配だった。勢いで駆け込み参加なだけに、実はオフィスTENさんのことなどまったく無知であったし、アットホームな雰囲気を感じるがうまくやっていけるかどうか・・・一抹の不安を覚えた成田での集合だった。

幸いにも、この不安は数時間後には嘘のようにかき消されることとなった。日々過ごすごとに、最初の気持ちからは考えられないくらいに、みんなが自分のツアーファミリーのように思えてならなかった。年齢も職業も本名すら知らない、ただ自分と一緒にいるだけの人との出会いは日常ではないと思う。まさに私の宝者な人たちであった。

彩さん、キョウちゃん、みよちゃん、朝ちゃん、よしこちゃん、空ちゃん、哲ちゃん、エリちゃん、けんちゃん、ふーみん、ちょんまげさん、みきちゃん、えいこちゃん、ママ・・・機会の多い少ないはあるにせよ、ツアー参加者の各人とそれぞれの思い出ができたと思う。みんなのおかげで毎日、笑顔でいられたと思う。また、アレックスをはじめ現地で出会ったみんながキラキラしていて、本当に素敵だった。彼らと交われたことで私はパワーをもらったように思う。

朝日とともに目覚め、南十字星の下で眠る。寒暖の激しい気候の中で自然を感じる。インカの永い尊い想いや遺跡に触れる。おいしく楽しくいただく食事。喉を潤すクスケーニャ。なんともいえない贅沢な時間を過ごすことができた。総数2,000枚以上の写真以上に、多くの想いが私の中に残った。

はじまりの「ペルーに行きたい」という想いから、すべての「縁」は始まっていたのかもしれない。今回、「縁」のあったことすべてのヒト・モノ・コトに感謝だと思う。「1番満喫しているんじゃない?」と言われたが、そうかもしれない(笑)

大満足で大満喫なペルーツアーだった!!

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