海亀の子供たち』

数年前、屋久島で海亀の赤ちゃんが卵から孵化する場面に立ち会ったこ
とがある。
深夜、地元の人に案内されて懐中電灯で足元を照らしながら砂浜を行く
と、人だかりがあった。
海亀保護活動のボランティアの人たちが、心無い観光客が騒音や光りを
出したりしないように連日パトロールをしているらく、この日も幾人か
の若いボランティアスタッフ達が集っている様子。よく見ると、若い女
性スタッフの手には、海亀の赤ちゃんが何匹もいる。
「これが海亀の赤ちゃんですよ。海亀はとても繊細なので静かに見てく
ださいね」。
私は小さな海亀の赤ちゃんを目の当たりにして、その可愛らしさに感激
した。が、すぐに不思議に思った。どうして、この女性の手の中に、海
亀の赤ちゃん達がいるのだろう…。そして、更によく見ると他の若いス
タッフはしゃがみながら砂を掘り、孵化している海亀の赤ちゃんたちを
透明のケースの中に入れている。
私は単純な疑問から、その海亀の赤ちゃんたちをどうするのか質問をし
てみた。
すると「明日、小学生の子供たちに海洋教育の一環として、この海亀の
赤ちゃんを放流させてあげて、生き物の尊さを教えてあげるんです」と、
なんとも誇らしげに言う。しかし私は悲しい気持ちになった。

実はこの日、海亀の赤ちゃんたちはどのようにして海に帰るのか、屋久
島の友人から聞いていたところだったのだ。

海亀のお母さんは、産卵期になると夜遅く砂浜に上がり、深く穴を掘っ
て一晩がかりで卵を産み、そしてカラスなどの外敵から狙われないよう
にしっかりと砂をかけておくそうだ。
そして、深く埋められた卵は数ヵ月後、一斉に孵化して外敵が最も少な
い夜中から明け方にかけて海に向かうという。
一斉に孵化するのは互いに協力しあって地上に這い上がる為らしい。一
匹や二匹が這い上がろうとしても、到底深い砂穴から這い上がるのは極
めて難しいのだが、小さな赤ちゃん達でも互いに協力し合うことで、海
に帰ることができるそうだ。

私は、海亀の赤ちゃんたちと私たち人間がダブって思えた。
私たち人間も世界中の人々の意識が一斉に目覚めはじめている。そして、
誰かが抜きん出て何かをするのではなく、互いに協力し合いながらそれ
ぞれの立場を応援しあう時代になっているのではないかと思う。

私は、その若い女性に尋ねた。
「こうやって、ほんの少し先に孵化した海亀の赤ちゃんを掘り出してし
まったら、これから孵化しようとしていた卵はどうなるのですか?」
「死んでしまいますが、それはそれで仕方がないですよ」と、いともあ
っさりと言われてしまった。

私達は、もっと海亀から学ぶべきことがあるのではないだろうか。
人間も、互いの「いのち」を本当の意味で互いに尊重しあい協力しあえ
るようになりたいものだ。

どうか「いのち」の摂理を人間の勝手な都合で変えないで欲しいと、屋
久島の夜の海を見ながら切なくなった。