■『トホホな一日』 | |
なんだかダメな日がある。
特別に落ち込むことや、悲しいことがあったわけでもないのに、調子が乗らな
い。仕事の能率も悪いし、なんとなく体もだるい。髪の毛は寝癖がついたまま
1日直らないし、お気に入りのTシャツに醤油を落としてしまう…。
以前は、どうにか気分転換を図り、自分にやる気を起させようと努力したりも
した。でも、どう頑張ったところでバイオリズムが下がっているのだ。
そんな日は「頑張らない日」と決めて、リラックスしているほうがいい。
先日も、そんな状態だったので早めに家に帰った。
今日は頑張らない日なのだから、ゴロンと横になりながら娯楽番組でも見て、
早めにお風呂に入って寝よう。そう思ったのだが、朝、雨が降っていた関係で
洗濯物が溜まっていたことを思い出し、洗濯機をまわした。
ピーピーピー。
どことなくダルイ体を起して、洗濯物を取り出そうとした瞬間、私の目が固ま
った。
「なに〜!これ???」
洗濯機の中が真っ黒になっている。
何かの色が落ちたのかな?それにしても真っ黒…。
半ば諦めの境地で、洗濯物をつまみ出す。
あ〜ぁ…あの可愛いブラウスが…お気に入りの綿パンが…
ものの見事に無残な状態なのだ。
そんな中、笑えるほどボロ布状態になった黒い物体が出てきた。
最初は原型を留めていなかったので、何なのかわからなかったのだが、よくよ
く見るとそれは黒いTシャツだった。
「あ、あれか…。でもどうして?」
それは、連休中、身内が屋根裏部屋を整理するというので、手伝いに行った折
に私が見つけた袋入りの未使用Tシャツで、カラフルな龍がタオのようにデザ
インされている洒落たものだった。ずっと以前に、上海で買って来たものらし
かったが、そんなTシャツの存在すら忘れていたらしい。
「ねぇ、いらないなら、これ格好いいから私に頂戴」
喜び勇んで家に持って帰って来たのだが、袋から出してみると、なんだか独特
な異臭がする。再び袋に入れて数日置いていたのだが、その日の朝、洗ってか
ら着ようと思い、袋から出して洗濯籠に入れておいたのだ。
洗濯曹から取り出した黒のボロ布を触ると、まるでフエルトのように繊維がバ
ラバラになっていく。指でこすると、細かく解けていくようだ。もしかすると、
長年袋に入ったまま放置していた為、化学反応をおこしたのかもしれない。
とりあえず被害が少ないものを助け出して、後はゴミ袋に詰め込み始めた。
気に入っていたあの服も、買ったばかりの下着も、みーんなゴミ袋の中…。
トホホ…。
その作業中もフエルト状になった黒い繊維が床に散らばる。
これ以上、被害を拡大してはいけない、と掃除機で黒い繊維を吸った瞬間。
『ゴ・ボ・ボ・ブ・ブ…』異音をたてて今度は掃除機が悲鳴をあげた。被害
をかろうじて免れた靴下を、誤って吸い込み、ホースに詰まらせてしまった
のだ。
「本当にトホホな1日。掃除機を直して、全部片付けたら今日はもう休もう」
私は、心身ともに疲れがピークに達してきた。
悪戦苦闘の後、靴下が取れて、残りの洗濯物をゴミ袋に移していた時だった。
「お、お母さん!それ、テニス部のトレーナーと体操服だよ…」と、作業を手
伝っていた中2の娘が横で叫ぶ。
さすがに、それは捨てるわけにはいかない。
疲れきった体に鞭打ち、やれるだけの努力をしてみようと、こすり洗いや揉み
洗いをしてみたのが、一向に綺麗にならない。
せめて、これだけでも漂白剤につけてみようと思ったのだが、漂白剤も切れて
いる。
そうだ!!
私は浴槽のお湯を捨てて、そこで踏み洗いを試みることにした。
どれくらいしていないだろう…踏み洗いなんて。
ギュッ、ギュッと足の下で洗っているうちに、なんだか楽しくなってきた。
さっきまでのイライラも疲れも足の下で消えていくようだ。
私は、他の物も踏み洗いすることにした。
汚れも少しずつだが黒色が落ち始めている。
そして、被害が少なかった小物を、ダメもとで再び洗濯機で洗ってみることに
した。
すると…え??!!
どれも、黒い部分が取れて、完璧に元に戻っているではないか。
どうやら、繊維の染め色が落ちたのではなく、繊維そのものが細かくくっつい
ただけだったので、水の中で分離されたらしい。
結局、踏み洗いした服も、完璧に捨てるつもりでゴミ袋に入れた服も全てもう
一度、洗濯機で洗ってみた。
すると、いともあっけなく簡単に元通りになった。
トホホ…。あの数時間かけた苦労は何だったんだ…。
でも、服は全て生き返ったし、運動不足解消にもなったのでいいか…と思い直
して寝ると、翌朝、いつもよりも数段清清しい気分で目が醒めた。
そして、翌日は、思いがけず超ラッキーな日だった。
もしかすると、トホホな日は、超ラッキーな日の前ぶれなのかもしれない。