■『虚構の中の男と女』 | |
先日、ホストクラブに突然潜入することになった。
数日前、シナリオ学校時代の友人で、関西在住の放送作家の友人から電話がか
かってきた。関西の某番組であるホストの密着取材をしている最中なのだが、
接客シーンを撮りたいので、サクラとして行ってもらえないかと言う。関西の
バラエティ番組を数多く手掛ける彼女だが、東京には知り合いがいないらしく
電話口で困っていた。聞くところによると、取材しているのは日本一のホスト
王だという。
好奇心旺盛な私は、自腹では絶対に行かない(行けない?)であろう、ホスト
クラブにお客役として行ってみることにした。しかし、一人では心細い。友人
と一緒でも構わないということだったので、Oさんを誘った。普段、Oさんは
気功や神仏の研究をしている人なので、とても付き合ってはくれないだろうと
思っていたのだが、意外にも「面白そうね」という返事で、一緒に行ってくれ
るという。
考えてみると、ホストやホステスは究極の接客業。増して日本一のホスト王に
なるなど、並大抵ではないはずだ。どんなに話術に長けているのか、興味津々
だった。
言われた時間まで少しあったので、喫茶店を探そうと歌舞伎町を歩いると、偶
然これから向かうホストクラブの大きな看板が目に入った。
「No1て書いてあるあの人かな?」「いや、あの王冠がついているあの人じ
ゃない?」などと言いながら、二人で看板を指差していると、大学生風の男の
子たちが、私たちを見て笑っている。どうやら、これからホストクラブに行く
おばさん二人組みが、品定めをしているように見えたらしい。
そのホストクラブは、歌舞伎町の真ん中にあった。
一歩中に入った途端、そこはあまりにも現実離れした世界だった。
鏡張りの壁とズラーっと並んだホストの写真。豪華?シャンデリアが幾つも垂
れ下がり、金メッキのライオン像が柱から覗いている。
キンキンキラキラ…今時、流行らない時代錯誤のようなインテリア。
通された席に座っても、落ち着かない。
しばらくして、密着取材を受けているホストの男性がやって来た。
目の前にいる男性は、50代後半で真っ黒に日焼け(日焼けサロンに通ってい
る?)して、ギラギラとしている。どう見ても事前に外の看板で見た、No1
の男性でも、王冠がついていた男性でもなかった。
どうやら、日本一のホスト王ではなく、日本で一番有名なホストクラブで一番
永く務めているホストの人らしいかった。きっと「ほんもの」のホスト王なら
どんなに短時間でTV用に仕込まれたお客役であろうが、瞬時にして楽しませ
る話術を持っているように思う。
正直なところ、このホストの男性は、会話のテンポも内容も悪く、とても退屈
だった。多分、私たちはお金を落とす客には、どう見ても見えなかったので、
相手にしても無駄だと判断して手を抜いたのだろうか。おもむろに、つまらな
いという態度を取っている。
「お金を使ってくれる人が、僕タイプなんです。やっぱり、いくら貢いでくれ
るかが大切ですよ」と真顔でこのホストの人は言う。
聞くところによるとホストクラブに通うお客さんは、一晩で40〜50万円使
う人もザラらしい。
ホストクラブには、大金持ちの女性から普通の主婦やOLまで幅広く来るそう
だが、中でもとりわけ多いのが風俗に務める女性だそうだ。
どこかで割り切りながら、性的な奉仕活動をすることで、多額のお金を得る。
しかし、今度は奉仕して欲しくなりお金と引き換えに奉仕してくれる男性を買
う。
ホストの人にしても、風俗嬢にしても、一番信用できるのは、お金なのだろう
か。そのお金を使って互いに割り切りながら癒しを求めていても、乾いた心が
完全に潤うことはあるのだろうか。
また、風俗に務めていなくても、家庭内別居や離婚、パートナーの不倫などで
、どこか現実の生活の中に癒されない男女関係があった時、お金で尽くしてく
れる異性を欲して、満たされるとはなかなか思えない。
しばらく待たされていた時、見習の青年がお茶を入れてくれながらポツンと言
った言葉が胸に残る。
「この新宿には、約3000人のホストが働いているんですよ。でも、その中
で心から愛する人と出会い、真剣に恋愛して結婚できるのは、1000人に1
人くらいなんだそうですよ。不幸のかたちは人様々。みんな違うかたちの不幸
を背負って、でも、ここで生きていくしかないんですよ」
ガラス張りの壁と幾つも吊り下がったシャンデリア、そして金メッキの飾り物
で飾られた店の中で、今日も男と女が騙し騙され触れ合っていることだろう。
どうかあの見習青年が、1000人の中の1人となって、真実の愛とであえま
すように。